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東京高等裁判所 平成11年(ネ)5027号 判決 2000年1月19日

控訴人(被告)

株式会社エフエム東京

右代表者代表取締役

後藤亘

右訴訟代理人弁護士

松田政行

早稲田祐美子

齋藤浩貴

谷田哲哉

山崎卓也

松葉栄治

早川篤志

被控訴人(原告)

株式会社イングラム

右代表者代表取締役

加藤勉

右訴訟代理人弁護士

山上芳和

藤井圭子

主文

一  原判決中の控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

主文と同旨。

第二  事案の概要

本件は、被控訴人が、控訴人において平成九年一〇月六日に放送したラジオ番組によって、名誉、信用等を毀損されたとして、控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償として一〇〇〇万円及びこれに対する同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに朝日新聞、日本経済新聞の各日刊新聞全国版社会紙面上に別紙目録記載の謝罪文を別紙目録記載の形式により掲載して広告することを求めた事案である。

一  前提事実(当事者間に争いがない事実は証拠を掲記しない)

1  当事者

(一) 被控訴人は、キャラクター等の無体財産権及び著作権、商標権及び意匠権の管理業務等を目的とする株式会社である。

(二) 控訴人は、放送法による特別な事業計画による放送事業及び放送番組の制作等を目的とする株式会社である。

2  被控訴人は、平成九年一月二四日、スマイリーライセンシング社(代表者フランクリン・ルフラーニ。以下「ルフラーニ」という。)との間で、別紙マーク(以下「スマイルマーク」という。)に関するキャラクター、著作権、商標権及びこれらの組み合わせに係る財産権の使用等に関し、代理店契約を締結し、日本における右財産権の独占的利用権を付与され、スマイリーライセンシング社の代理店として、新聞広告等によりスマイルマークのライセンシー募集事業を行うとともに、日本におけるスマイルマークの商標登録業務を行っている。(甲一の1、2、弁論の全趣旨)

3  被控訴人は、スマイルマークについて、次のとおり広告を掲載した(甲三ないし五、乙一八、一九。以下「本件各広告」という。)。

(一) 平成九年二月一一日付日本経済新聞(全面広告)

全面広告の上半分にマークを付した直径約二八センチメートルのスマイルマークを配し、「私たちを、よろしく!」「スマイルマークは登録商標です。私を勝手に使わないで!」との見出しを付し、本文に、「(株)イングラムは、スマイルマークの著作権利者であるFranklin Loufrani氏と独占的総合代理店契約を交わしました。従って今後、日本においてスマイルマークを使用する場合は、Franklin Loufrani氏及弊社の事前承認が必要となります。スマイルマークは、ヴェトナム戦争など暗いニュースが世界中を覆っていた頃にFranklin Loufrani氏が『少しでも明るいニュースを提供して欲しい』と新聞社にかけあい、明るい記事にはスマイルマークをつけたのがそもそもの始まりです。いまでは、すっかり世界中の人気者となっていますが、'72年にはFranklin Loufrani氏が地元フランスを初めヨーロッパ各国に商標登録を行っている、れっきとした版権なのです。この度、イングラムはFranklin Loufrani氏と独占的総合代理店契約を締結、日本におけるスマイルマークの版権管理業務を行うことになりました。衣料品はもとより食品、雑貨からコマーシャル、出版、放送にいたるまで全ての分野について管理の対象となります。」と記載している(甲三、乙一八)。

(二) 平成九年四月八日付日経流通新聞(全面広告)

「国際的に高まる権利保護強化の波」との大見出し、「誕生から25周年迎えた『スマイルマーク』」「日本で正式ライセンス商品化」との見出しを付し、リード文において、「スマイルマークの発案者であり版権保有者でもあるフランクリン・ルフラーニ氏に、同マークに対する思い、日本でのライセンスビジネス進出のねらいなどをインタビューした。」と記載し、右上段にルフラーニの写真を掲載した上「版権保有者フランクリン・ルフラーニ氏に聞く」との小見出しを付し、「フランスの日刊紙『フランソワール』のオーナー。19歳の時から同紙の記者として活躍した後、出版社の編集長、出版社協会の書記長などを歴任。当時、気鋭のジャーナリストとして注目された。」などと記載し、また、中段右側の囲み記事においてマークを付してスマイルマークを掲載した上、「『ラブ&ピースマーク』として一世風び」「イングラムが日本での展開を管理」との小見出しの下に「七〇年代前半に、日本でも流行したキャラクター、スマイルマーク。別名『ラブ&ピースマーク』とも呼ばれ、ベトナム戦争に反対する人達の間で盛んに用いられた。」「商標としてはフランクリン・ルフラーニ氏がその権利をもち、七二年以降、世界各国で商標登録がなされてきた。日本では従来『著作権オープン』と考えられていたが、九〇年に商標登録され、いまでは商標法の下に知的財産権として管理、保護されている。そのスマイルマークが誕生二十五周年を記念して、このほど日本でライセンスされることになった。海外ブランドやキャラクターなど各種プロパティーの日本への導入窓口としての実績のあるイングラム(加藤勉社長)が同氏と総代理店契約を結び、実現したもの。今後、マークの日本における利用・展開については、同社が一括して管理を行うことになる。」との記事を掲載し、また、「世の暗いムードを一掃しようと考案」との小見出しの下に「二五年ほど前……フランスは戦争、失業、経済不況が重なり、新聞は暗い記事ばかりでした。それをどうにかしようと、考えついたのが『人間の最も幸せな表情である笑顔』のシンボルマークです。」と記載し、また、「25回の裁判にはすべて勝訴」「すでに世界65ヶ国で商標を登録」「権利保護の象徴、改正商標法は大歓迎」「今後の無断使用には法的対応も」等の小見出しの下に「アジアの方までわれわれの目が行き届かなかったということもありますが、実際に不正使用と見られるケースがかなりあったことは知っています。」「今後の無断使用、商標に抵触する行為については、イングラムとともに、しかるべき法的手続きを取っていくつもりです。」との記事を掲載している。

(三) 平成九年四月一〇日付日本経済新聞(全面広告)

右(二)と同旨。

4  控訴人によるラジオ放送

控訴人は、平成九年一〇月六日、控訴人放送の「エモーショナルビート」というラジオ番組(以下「本件番組」という。)において、午後五時一五分ころから約三分間にわたり、別紙「報道内容」記載の内容の放送(以下「本件放送」という。乙一)をした。その要旨は、以下のとおりである。

(一) 従前、七〇年代に爆発的に流行したピースマークは描いた者がはっきりしなかったため著作権使用料が無料であったが、最近、「私が昭和四七年一月一日にラブピースマークをフランスの新聞に最初に搭載した」旨主張するフランス人が現れた。このフランス人は、ヨーロッパの有名企業の役員で新聞社のオーナーであると名乗っている。同旨の広告が日本の新聞紙上にも掲載された。

(二) このフランス人の主張を信じたある日本の企業がそのフランス人の代理店に著作権使用料を払ったが、その後の調査で、このフランス人が肩書として述べていた企業には、同人に該当する人物は存在しないことが判明した。

(三) これは国際的詐欺ビジネスの様相を見せ始めている。

(四) ラブピースマークは、第二次世界大戦後に、アメリカに帰国する兵士たちを迎えるために使われたという説があり、この証拠を押さえられれば、時期的に、スマイルマークは昭和四七年初頭が初登場という、このフランス人の主張が根拠を失い、このフランス人らの行った行為が詐欺であることが決定付けられる。

(五) 現在、日本の尾股特許事務所が裏付け調査を行っており、情報を収集しているので、情報があれば同事務所まで連絡をしてほしい。

5  尾股特許事務所の対応

尾股特許事務所は、控訴人に対し、本件放送をするよう依頼したことはなく、また、情報の提供をしたこともなかった。

二  争点及び争点に関する当事者の主張

1  本件放送によって被控訴人の名誉、信用等が毀損されたといえるか。

(一) 被控訴人の主張

本件放送における「フランス人」がルフラーニを、「フランス人の代理店」が被控訴人を、それぞれ指すことは明白であるところ、本件放送は、被控訴人の事業を「国際的詐欺ビジネス」であると断定したものである。しかも、本件放送は、パーソナリティがことさら聴取者の被控訴人に対する不信感をあおるような口調でされたものである。そのため、被控訴人の名誉、信用及び企業イメージが毀損され、被控訴人の社会的評価が著しく低下した。

(二) 控訴人の主張

本件放送においては、実名は挙げられていない。また、本件放送は、午後五時一五分ころからの若者向け音楽・情報番組で放送されたものであり、被控訴人のライセンスビジネスに対する影響力は全くない。加えて、被控訴人の権利性については、本件放送以外にもこれを疑問視する報道等があり、その影響の方が遙かに大きい。

したがって、本件放送によって被控訴人の名誉、信用及び企業イメージが毀損され、被控訴人の社会的評価が著しく低下したことはない。

2  違法性阻却又は故意若しくは過失の阻却事由があるか。

(一) 控訴人の主張

本件放送は、以下のとおり、公共の利害に関する事実に関し、公共の目的をもって放送したもので、その放送内容は真実であり、仮に、真実でないとしても、控訴人が真実であると信じることについて相当な理由があった。

(1) 公共の利害に関する事実であることについて

本件放送は、被控訴人が新聞紙上に大々的に広告を行うことなどによって不特定多数の者に対し、スマイルマークのライセンシーを募集していることに関するものであるから、公共の利害に関する事実にかかるものである。

(2) 公共の目的について

本件放送は、被控訴人の権利の正当性に対する疑義を内容としたものであって、公共の目的をもってされたものである。

(3) 真実性について

イ 放送内容が真実であること

本件各広告は、我が国で著名であり、それまで原則的に著作権フリーとして自由に使用されていたスマイルマークについて、①ルフラーニがスマイルマークの考案者であって著作権者であること、②スマイルマークが登録商標であり、ルフラーニが権利を有していること、③今後日本においてスマイルマークを使用する場合にはルフラーニ及び国内総代理店である被控訴人の事前承諾が必要であることを主要な内容とするものであった。ところが、右①ないし③は、いずれも客観的な事実に反していたものであり、被控訴人は、我が国において未だ権利を取得していないにもかかわらず、あたかも我が国において既に著作権及び商標権を有しているかのように広告を行うことによってライセンシーを募集したものであって、被控訴人の行為は、国際的詐欺ビジネスに当たるものである。

したがって、本件放送の内容は真実である。

ロ 放送内容を真実であると信じるにつき相当な理由があったこと

右イ記載のとおり、本件各広告及び被控訴人のライセンスビジネスは、事実に反することを根拠として展開するものであって、すでにその正当性に関しては、各種特許事務所や業界、マスメディアにおいても疑義を生じていたものである。また、控訴人は、本件放送に当たっては、インターネット上で尾股特許事務所が流していた情報を収集していたうえ、ルフラーニがスマイルマークを発案したとする昭和四七年以前の昭和四六年にスマイルマークが大流行していたこと、スマイルマークはアメリカが起源であるというのが定説であり、フランス人であるルフラーニがスマイルマークを発案したという主張は本件各広告で初めてされたものであることを独自に調査していたものである。

したがって、控訴人が被控訴人の行為を「国際的詐欺ビジネス」であると信じたことについては相当の理由があった。

(二) 被控訴人の主張

(1) 公共の利害に関する事実及び公共目的を有することについて

本件放送は、パーソナリティがおもしろおかしく取り上げたものであって、公共目的は存しない。

(2)イ 真実性について

以下の事実に照らせば、被控訴人の事実を「国際的詐欺ビジネス」と断定した本件放送は、真実に反するというべきである。

① 本件においては、ルフラーニがスマイルマークを模倣したものであるとの証明はされておらず、ルフラーニがスマイルマークの著作権者であることは、何ら否定されていない。また、ルフラーニは、これまで諸外国でスマイルマークの著作権を主張しているが、これを否定した者はいない。さらに、ルフラーニは、諸外国においてはスマイルマークの商標権を多数有し、ブランドビジネスを展開している。

② 本件各広告が掲載された当時、被控訴人ないしルフラーニが日本においてスマイルマークの商標権を有していなかったことは事実であるが、当時、すでに被控訴人は、商品区分第二五類(旧第一七類)について商標権者であるグンゼ株式会社からスマイルマークの通常使用権の設定を受けていたものである。そして、他の類については、商標登録出願中であった。商標の場合、商標登録出願中であっても「登録商標」と表示することは、しばしばある。また、商標登録出願により生じた権利は、譲渡することが可能であり、これをビジネスの対象とすることは、認められている。

③ 本件各広告が掲載された後、日本においても、ルフラーニのスマイルマークに関する商標権が登録されている。

④ 被控訴人は、ライセンシーとなる者に対して、被控訴人が有する権利について明確に説明しているのであって、各ライセンシーは、納得のうえで契約を締結しているものである。本件各広告後、ライセンシーとなった者は十数社にのぼるが、いずれも被控訴人がスマイルマークに関して有する権利について納得のうえで契約を締結しており、著作権、商標権についてのトラブルは発生していない。

ロ 放送内容を真実であると信じるにつき相当な理由がなかったこと

控訴人は、本件放送に当たっては、尾股特許事務所がインターネット上に流している情報を収集したにすぎない。また、控訴人は、本件放送前に被控訴人に問い合せたり、事実の確認をすることすらしていない。

したがって、控訴人が被控訴人の行為を「国際的詐欺ビジネス」であると信じたことについては相当の理由がない。

3  被控訴人の請求は権利濫用か。

(一) 控訴人の主張

被控訴人は、ルフラーニがスマイルマークの著作権でなく、また、我が国においてスマイルマークの商標権を有していなかったにもかかわらず、本件各広告において、ルフラーニがスマイルマークの著作権者であって誰もが勝手に使用できるものではない旨及びスマイルマークが登録商標である旨の虚偽の事実を掲載した。これは、商標法違反行為である。また、本件各広告においては、ルフラーニの肩書に誤りがあった。本件各広告は、日本経済新聞及び日経流通新聞の全面広告として掲載されたものであって、その産業界、ビジネス界に対するインパクトの強さ、影響力、伝達力は非常に大きいものである。にもかかわらず、被控訴人は、本件各広告の記載の誤りについては、軽微な瑕疵あるいは誤訳として今日まで全く訂正をしていない。

このように、虚偽の本件各広告を放置したまま控訴人の本件放送のみを不当と主張することは、クリーンハンドの原則からしても許されない行為であるから、被控訴人の請求は、権利の濫用であって許されない。

(二) 被控訴人の主張

被控訴人は、控訴人のずさんかつ無責任な本件放送により、現実に信用の著しい失墜という無形の損害を被っているのであり、この損害を金銭的に評価し、控訴人に請求することは、被控訴人の正当な権利行使であり、何ら権利濫用ではない。

4  損害額

(一) 被控訴人の主張

本件放送によって、被控訴人の名誉、信用及び社会的評価は、著しく低下した。被控訴人が受けた損害は、金銭に評価して一〇〇〇万円が相当である。

さらに、被控訴人の名誉を回復するためには、控訴人において、朝日新聞及び日本経済新聞の各日刊新聞全国版社会紙面上に、別紙目録記載の謝罪広告を掲載することが必要不可欠である。

(二) 控訴人の主張

否認し、争う。

第三  当裁判所の判断

一  前提事実

1  各項中に掲記した各証拠によれば、スマイルマークに関し、以下の事実が認められる。

(一) スマイルマークをめぐる状況

(1) スマイルマークは、昭和四五年ころ、ニューヨークのステーショナリーショーにおいて、スマイルマークを使用したカード類が多数展示されていたところ、これを見た日本の文具メーカーである株式会社リリックの社員がサンプル等を入手し、同社において、同年八月に日本国内で開催された文具紙製品見本市にスマイルマークを使った商品を実験的に出展した。

その後、株式会社リリックは、サンスター文具株式会社と共同して、スマイルマークに「ラブピース」という名称を付けた上、スマイルマークを使用した商品を開発し同年一〇月一日に商品発表会を行った。

スマイルマークを使用した商品は、非常によく売れたため、昭和四六年三月三一日、他の業者も参加して「ラブピースアソシエーション」が結成され、一業種一社という原則でスマイルマークを付した商品の開発販売を行った(乙三、四、二二、三一、三二)。

(2) スマイルマークは、アメリカのヒッピーが反戦や公害防止を訴えるために身につけていたものであるとの説もあるが、その真偽は不明であり、株式会社リリックの社員がスマイルマークを日本に導入した際、アメリカにおいて調査したところでは、スマイルマークの考案者は不明であり、スマイルマークは、無償で自由に使用されていた(甲五、乙二、三、一九、三一、三二)。

(3) なお、アメリカ在住のハーベイ・ボールは、昭和三八年に自分がスマイルマークを考案したと主張している。(乙一三の1、2、一四、一五)

(4) スマイルマークについては、その著作権ないし商標権をめぐって紛争が生じている。(甲一二、一三、乙一五、一六の1、2、4ないし6、10、20、二〇)

(二) スマイルマークに関する商標権

(1) 木戸一彦は、昭和四六年七月一五日、スマイルマークに酷似したマークについて商標登録出願し、昭和四九年七月四日、商品区分第二一類について同人を商標権者とする商標登録がされた。

同人の商標登録については、昭和六一年四月三〇日、「昭和五九年七月四日存続期間満了」を原因として、商標権の登録の抹消がされた(乙一一の1、2)。

(2) 株式会社柴山産業は、昭和四六年九月一六日、スマイルマークとほぼ同一のマークについて商標登録出願し、昭和四九年七月一日、商品区分第二〇類について同社を商標権者とする商標登録がされた。

同社の商標登録については、平成七年五月二五日、「平成六年七月一日存続期間満了」を原因として、商標権の登録の抹消がされた(乙一二の1、2)。

(3) 株式会社国際貿易は、昭和四六年一〇月八日、スマイルマークに酷似したマークについて商標登録出願し、平成元年七月三一日、商品区分第二五類について同社を商標権者とする商標登録がされた(乙九の1、2)。

(4) アキレス株式会社は、昭和六三年一一月三〇日、スマイルマークに酷似したマークについて商標登録出願し、平成三年九月三〇日、商品区分第二二類について同社を商標権者とする商標登録がされた(甲一五、乙八の1、2)。

(5) グンゼ株式会社は、平成元年一月二四日、スマイルマークに酷似したマークについて商標登録出願し、平成三年一一月二九日、商品区分第一七類について同社を商標権者とする商標登録がされた。

被控訴人は、平成八年一〇月一五日付けで、グンゼ株式会社の許諾により右マークについて通常使用権の設定を受け、平成九年一月一三日、被控訴人を通常使用権者とする登録がされた(乙七の1、2)。

(6) 住友商事株式会社は、平成七年一月一一日、スマイルマークに酷似したマークに関し、商標区分第二八類について商標登録出願した(乙一〇)。

(7) ルフラーニは、平成八年五月一六日、スマイルマークについて商標登録出願し、商品区分第二八類について平成一〇年一月二三日に、商品区分第一八類について同年三月一三日に、それぞれ同人を商標権者とする商標登録がされた(甲九、一〇の各1、2)。

(三) 本件各広告の掲載

(1) 被控訴人は、前記第二、一3記載のとおり、平成九年二月一一日から同年四月一〇日までの間、日本経済新聞及び日経流通新聞に合計三回にわたり、本件各広告を掲載した。

(2) 本件各広告のうち、平成九年二月一一日付日本経済新聞紙上に掲載の広告には、全面広告の上半分に、通常、登録商標であることを示すマークを付したスマイルマークを配し、「スマイルマークは登録商標です。私を勝手に使わないで!」と記載されているが、実際には、右広告が掲載された時点では、被控訴人ないしルフラーニが日本においてスマイルマークの商標権を有していた事実はなく、被控訴人が、商品区分第二五類(旧第一七類)について商標権者であるグンゼ株式会社からスマイルマークの通常使用権の設定を受けていたのみであり(通常使用権の設定につき乙七の1、2)、被控訴人ないしルフラーニが、商標権に基づいて、スマイルマークの使用を禁止し、又は、スマイルマークの使用を許諾する権限はなかった。

また、右広告には、「(株)イングラムは、スマイルマークの著作権利者であるFranklin Loufrani氏と独占的総合代理店契約を交わしました。従って今後、日本においてスマイルマークを使用する場合は、Franklin Loufrani氏及弊社の事前承認が必要となります。」「この度、イングラムはFranklin Lou-frani氏と独占的総合代理店契約を締結、日本におけるスマイルマークの版権管理業務を行うことになりました。衣料品はもとより食品、雑貨からコマーシャル、出版、放送にいたるまで全ての分野について管理の対象となります。」と記載されているが、ルフラーニが、スマイルマークの創作者であって著作権を有しているということはなく、したがって、ルフラーニが、著作権に基づいて、第三者によるスマイルマークの使用を差し止める権限を有しているということもなかった(甲四、五、六の1、八の1、乙三、九の1、一一の1、一二の1、一七、二二、三一、三二)。

(3) 平成九年四月八日付け日経流通新聞紙上に掲載の広告及び同月一〇日付け日本経済新聞紙上に掲載の広告には、「商標としてはフランクリン・ルフラーニ氏がその権利をもち、七二年以降、世界各国で商標登録がなされてきた。日本では従来『著作権オープン』と考えられていたが、九〇年に商標登録され、今では商標法の下に知的財産権として管理、保護されている。」など右(2)と同旨の記載がされ、さらに、実際にはルフラーニが「フランソワール」のオーナーではなかったのに、ルフラーニが、「フランソワール」のオーナーである旨の記載がされていた(当事者間に争いがない。)。

(4) 被控訴人は、以上のような記載内容の誤りについて訂正広告等を掲載するなどの方法によってこれを訂正することをしていない(当事者間に争いがない。)。

(四) 本件放送

(1) 前記第二、一4記載のとおり、控訴人は、平成九年一〇月六日、本件番組中の「エンターテイメントニュース」というコーナーにおいて、約三分間にわたって、スマイルマークに関する事業が国際的詐欺ビジネスの様相を見せ始めている旨の放送(本件放送)をした。

(2) 本件番組は、月曜日から金曜日まで毎日午後に放送していた主として若者向けの番組で、「エンターテイメントニュース」は主に若者が関心のあるエンターテイメントについての最近の話題を取り上げるコーナーであった。

本件放送は、「山本」と「藤丸」の二人のパーソナリティが、軽妙な語り口で、スマイルマークを考案したと称する「フランス人」の主張に疑問があることを述べるものであった(乙一、乙一七)。

(3) 控訴人は、本件放送をするに先立ち、尾股特許事務所がインターネット上に流していた情報を収集したが、被控訴人に対してスマイルマークに関する取材をしたことはなかった(当事者間に争いがない。)。

なお、本件放送においては、尾股特許事務所が情報を収集している旨の発言がされ、同事務所の電話番号が挙げられ、同事務所へ情報提供してほしい旨呼びかけられたが、同事務所は、本件放送にあたって控訴人から事前に相談を受けたり、控訴人に情報を提供したことはなく、控訴人が無断で同事務所名を本件放送において使用したものであった(甲六の1、2、甲七、弁論の全趣旨)。

2  被控訴人は、ルフラーニがスマイルマークの創作者であり、著作権者である旨主張するので、この点について判断する。

(一) 被控訴人が控訴人に対し送付した内容証明郵便(甲八の1、2)によれば、ルフラーニがスマイルマークを創作したのが一九七二年である旨記載されていること、本件各広告に、「'72年にはFranklin Loufrani氏が地元フランスを初めヨーロッパ各国に商標登録を行っている、れっきとした版権なのです。」「商標としてはフランクリン・ルフラーニ氏がその権利をもち、七二年以降、世界各国で商標登録がなされてきた。」「スマイルマークが誕生二十五周年を記念して、このほど日本でライセンスされることになった。」「二五年ほど前……フランスは戦争、失業、経済不況が重なり、新聞は暗い記事ばかりでした。それをどうにかしようと、考えついたのが『人間の最も幸せな表情である笑顔』のシンボルマークです。」と記載していることからすると、仮に、ルフラーニがスマイルマークを創作したとすれば、その創作時期は、早くとも、本件広告が掲載された二五年前の昭和四七年ころ(西暦一九七二年ころ)であるといわざるを得ない。

(二) ところで、本件各広告中には、スマイルマークについて、「『ラブ&ピースマーク』として一世風び」「七〇年代前半に、日本でも流行したキャラクター、スマイルマーク。別名『ラブ&ピースマーク』とも呼ばれ、ベトナム戦争に反対する人達の間で盛んに用いられた。」との記載があるから、スマイルマークは、昭和四五年ころ、ニューヨークのステーショナリーショーにおいて、多数展示されていたスマイルマークを使用したカード類、また、これを見た日本の文具メーカーである株式会社リリックの社員がサンプル等を日本に導入し、同社において、同年八月に日本国内で開催された文具紙製品見本市に実験的に出展されたスマイルマークを使った商品、その後、同社が、サンスター文具株式会社と共同して開発し、同年一〇月一日に商品発表会を行った「ラブピース」という名称を付けた商品に付されていたスマイルマークと同一のものを指すと認められる。

(三) 右(二)及び前記一1(一)のとおり、スマイルマークは、遅くとも、昭和四五年ころには、アメリカにおいて使用されており、これが、同年ころ、日本に導入され、昭和四六年ころから、「ラブピース」マークと称されて、商品に付されるようになり、日本において大流行したことが認められるから、昭和四七年ころ、ルフラーニが、スマイルマークを「創作」したのでないことは明らかであり、勿論、ルフラーニが、スマイルマークの著作権を有しないことも明らかである。

(四) 以上のとおり、ルフラーニがスマイルマークの創作者であり、著作権者である旨の被控訴人の主張は採用できない。

二  争点1(本件放送によって被控訴人の名誉、信用等が毀損されたといえるか)について

1  前提事実に記載したとおり、控訴人は、本件放送において、スマイルマークの考案者であると称するフランス人が「国際的詐欺ビジネス」を行い、「フランス人の代理店」がこれに加担しているとの内容をラジオで放送したものである。本件放送においては、「フランス人」、「フランス人の代理店」との呼称を使用し、具体的な固有名詞は使用されていないものの、日本の新聞にも同旨の広告が掲載されていた旨述べられているところ、右1で認定したとおり、被控訴人が、本件放送に先立ち日本経済新聞及び日経流通新聞に本件各広告を掲載していたこと、本件放送がされた当時、日本においてスマイルマークに関してライセンスビジネスを大々的に展開していたのは被控訴人以外特に存しないと認められることからすると、少なくともスマイルマークのライセンスビジネスに何らかの関心・関与がある者にとっては、本件放送における「フランス人」がルフラーニを、「フランス人の代理店」が被控訴人を、それぞれ指すものであることを認識することができたことは明らかである。

そうすると、本件放送は、「被控訴人が『国際的詐欺ビジネス』に加担している。」という事実を摘示するものであり、スマイルマークのライセンスビジネスに何らかの関心・関与がある者が本件放送を聴取した場合、被控訴人が、国際的詐欺ビジネスに加担している企業であるという印象を受けるというべきであるから、本件放送は、被控訴人の名誉、信用等の社会的評価を低下させるものというべきである。

2  控訴人は、本件放送が、午後五時一五分ころから若者向け番組で放送されたものであり、被控訴人のライセンスビジネスに対する影響力は全くないこと、被控訴人の権利性については本件放送以外にもこれを疑問視する報道があり、その影響の方が遙かに大きいことから、本件放送によって被控訴人の社会的評価が低下したことはない旨主張する。

しかし、本件放送の番組内容が主に若者を対象としているとしても、本件放送が公共の電波により放送されたものである以上、不特定多数の聴取者が本件放送を耳にする機会があることは否定できず、被控訴人のライセンスビジネスに対する影響があることは明らかである。さらに、控訴人以外からも、ルフラーニないし被控訴人の広告・ライセンスビジネスについての疑問が呈されていたとしても、これをもって「国際的詐欺ビジネス」と摘示した本件放送によって被控訴人の社会的評価に影響がなかったとはいえない。したがって、控訴人の右主張は採用できない。

三  争点2(違法性阻却又に故意若しくは過失の阻却事由があるか)について

1  真実性の証明等と違法性阻却について

民事上の不法行為たる名誉棄損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意若しくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である(最高裁昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁)。

そこで、本件放送で摘示された事実が真実であるか否か、真実でなかったとしても、それを真実であると信じるにつき相当の理由があったか否かにつき検討する。

2  本件放送の内容が公共の利害に関する事実であることについて

本件放送は、被控訴人が新聞紙上に大々的に広告を行うことなどによって不特定多数の者に対し、スマイルマークのライセンシーを募集していることに関するものであるから、公共の利害に関する事実にかかるものであると認められる。

3  公共の目的について

本件放送は、被控訴人の権利の正当性に対する疑義を内容としたものであるから、右2のように公共の利害に関する事実についての報道であることをも考慮すると、公共の目的をもってされたものであると認められる。

4  本件放送で摘示された事実の真実性について

(一)  本件放送で摘示された事実の主要部分は、以下のとおり、真実であると認められる。

(1)  前記第二、一3のとおり、本件各広告は、ルフラーニが、ヨーロッパの有名企業の役員で新聞社のオーナーであること、ルフラーニがスマイルマークの創作者であり、著作権者であること、スマイルマークが登録商標であること、したがって、すべての分野の商品について、ルフラーニないし同人と代理店契約を締結した被控訴人の許諾なしにスマイルマークを使用することはできないこと、以上を前提として、スマイルマークの使用を希望する者に対し、被控訴人とライセンス契約を締結することを宣伝することを主要な内容とするものである。

(2)  ところで、前記一1(三)(2)、2のとおり、ルフラーニは、ヨーロッパの新聞社のオーナーではなかったこと、ルフラーニは、スマイルマークの創作者ではなく、著作権者でもなかったこと、本件各広告が掲載された当時、被控訴人ないしルフラーニは、日本において、スマイルマークの商標権を有しておらず、被控訴人が、商品区分第二五類(旧第一七類)について商標権者であるグンゼ株式会社からスマイルマークの通常使用権の設定を受けていたのみであり、被控訴人ないしルフラーニが、商標権に基づいて、スマイルマークの使用を禁止し、又は、スマイルマークの使用を許諾する権限はなかったこと、却って、前記一1(一)のとおり、ルフラーニ及びその関連会社ないし被控訴人以外の第三者が、一部の商品区分の商品について、スマイルマークについて商標登録していたことなどの事実が認められ、右事実によれば、本件各広告掲載当時、ルフラーニないし同人と独占的代理店契約を締結した被控訴人の許諾なしにスマイルマークを使用することはできないとの本件各広告の内容は、虚偽であり、しかも、少なくともルフラーニは、広告の内容が虚偽であることを知っていたと推認されるから、被控訴人の許諾なしにスマイルマークを使用することができないことを前提として、被控訴人が、同人との間でライセンス契約を締結するよう宣伝することは、ルフラーニの詐欺的商法に加担したと言われてもやむを得ないものであったと認められる。

また、ルフラーニがフランス人であり、被控訴人が、外国法人であるスマイリーライセンシング社との間で、代理店契約を締結し、これを根拠としてライセンスビジネスを展開しようとしていることを、併せ考慮すると、ルフラーニないし被控訴人の商法について、「国際的詐欺ビジネスの様相を見せ始めている」と形容することも、あながち不当ではないというべきである。

(3)  本件放送の主要部分は、従前、七〇年代に爆発的に流行し、著作権使用料が無料であったピースマークについて、最近、昭和四七年一月一日にフランスの新聞に最初に搭載したと主張するフランス人が現れ、同旨の広告が日本の新聞紙上にも掲載されたこと、このフランス人は、ヨーロッパの有名企業の役員で新聞社のオーナーであると名乗っていること、このフランス人の主張を信じたある日本の企業がそのフランス人の代理店に著作権使用料を払ったが、その後の調査で、このフランス人が肩書として述べていた企業には、同人に該当する人物は存在しないことが判明したこと、これは国際的詐欺ビジネスの様相を見せ始めていること、ラブピースマークは、第二次世界大戦後に、アメリカに帰国する兵士たちを迎えるために使われたという説があり、この証拠を押さえられれば、時期的に、スマイルマークは昭和四七年初頭が初登場という、このフランス人の主張が根拠を失い、このフランス人らの行った行為が詐欺であることが決定付けられるというものであり、右(1)、(2)の事実からすれば、その放送内容の主要部分は、いずれも真実であると認められる。

(二) 被控訴人は、本件放送当時、被控訴人が、グンゼ株式会社の許諾によりスマイルマークについての通常使用権の設定を受け、また、ルフラーニないしその関連会社が、日本において、商標登録出願をしていたこと、ルフラーニがスマイルマークの商標権を世界各国で取得済みであると主張しているのでこの点について検討する。

(1) 前記一1(二)(5)のとおり、本件放送当時、被控訴人が、グンゼ株式会社の許諾によりスマイルマークについての通常使用権の設定を受けていたことは認められるが、通常使用権自体は、第三者に対する商標使用の差し止めを求める効力を有するものではない上、商標の使用を許諾する権原ともなり得ないものであるから、グンゼ株式会社から許諾された通常使用権を根拠として、ライセンスビジネスを行うことはできないものであり、右通常使用権をもって、本件各広告の内容が真実であるということはできない。

(2) ルフラーニないしその関連会社が、日本において、商標登録出願をしていたことは事実であるが、商標登録出願をしたのみでは、第三者に対する当該商標の使用を差し止めることはできないから、商標登録出願をしていることをもって、本件各広告の内容が真実であるということはできない。

(3) 仮に、ルフラーニがスマイルマークの商標権を世界各国で取得済みであるとしても、商標は、日本国内において登録されない限りその効力を有しないから、他国において登録商標を有していたとしても、本件各広告の内容が真実であるということはできない。

(4) 以上のとおり、被控訴人が挙げる事実をもってしては、本件各広告の内容が虚偽であり、本件放送の内容が主要部分において真実であるとの前記認定を覆すことはできない。

(三) また、被控訴人は、ライセンシーとなる者に対して、被控訴人が有する権利について明確に説明しているのであって、各ライセンシーは、納得のうえで契約を締結している、本件各広告後、ライセンシーとなった者は十数社にのぼるが、いずれも被控訴人がスマイルマークに関して有する権利について納得のうえで契約を締結しており、著作権、商標権についてのトラブルは発生していない旨主張する。

しかし、本件各広告により、本来、無償で自由にスマイルマークを使用し得ると考えていた企業ないし個人が、本件広告により、被控訴人の許諾なしにはスマイルマークを使用することができず、被控訴人の許諾を受ける場合にもライセンス料の支払をしなければならないと信じ、やむを得ず被控訴人とライセンス契約を締結し、又は、その使用を断念せざるを得なくなる事態が発生することは見やすい道理であり、一部の企業が、納得の上、被控訴人とライセンス契約を締結したからといって、本件広告の内容を正当化することはできないというべきである。

(四) 以上のとおり、本件放送の核心的部分である「被控訴人のビジネスが国際的詐欺ビジネスの様相を見せ始めた」との摘示事実は、被控訴人のビジネスを批判する文言としてはやや穏当を欠く表現ではあるものの、その主要部分が真実であるから、本件放送は、被控訴人の名誉を毀損するものであるが、違法性を阻却されるというべきである。

したがって、その余の争点について判断するまでもなく、被控訴人の請求は理由がない。

四  結論

よって、被控訴人の請求を一部認容した原判決は一部不当であるから、原判決中の控訴人敗訴部分を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・塩崎勤、裁判官・小林正、裁判官・萩原秀紀)

別紙目録<省略>

マーク<省略>

報道内容<省略>

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